シミュレーション

仮想の事例でシミュレーションをしてみたいと思います。なお、以下は極度に単純化した事例であり、現実のものとは大きく異なることにご留意下さい。

田島康陽さんは、某国立大学の工学部を卒業して、合成樹脂メーカー、オリジナル樹脂製造株式会社に勤める研究者です。彼は、部下2名と共に、遷移金属と特殊な環状化合物との錯体からなる画期的な触媒技術を発明しました。彼の研究チームは、職務発明規則に従い発明届出書を知財部に提出したところ、数年後に会社は無事に特許を取得することができました。

研究チームのそれぞれには、職務発明規則により、特許出願時2万円、特許登録時に3万円の発明者報奨金が支払われました。しかし、みんなで特許出願記念、特許取得記念と称して飲みに行ったので、このお金は瞬く間に無くなってしまいました。また、職務発明規則によると、実績補償金として会社の定める相当額が、特許取得翌年の1月1日に支払われるとのことですが、これが支払われることはありませんでした。

一方、会社はこの触媒技術を用いて、従来にない新たな樹脂「スーパーレジンP5」を製造することに成功し、これを上市しました。

スーパーレジンP5は、その耐熱性と強度の高さから、安価なオレフィン系でありながらエンジニアリングプラスチックの用途にも使用可能であるということで、爆発的なセールスを記録しました。

ところが、そんな折、田島さんのお父様が亡くなってしまいました。彼の実家は江戸時代から続く由緒正しいお煎餅の名店である「赤のれん本舗」で、跡継ぎは田島さんしかいません。彼は会社を辞め、実家の煎餅屋を継ぐことにしました。

特許を取得して以来、スーパーレジンP5の年間売上は20億円であり、売上は毎年安定しています。オリジナル樹脂製造株式会社以外には、同様の樹脂を製造販売している会社はありません。

本件の経過を時系列にすると以下の通りです。

平成12年12月1日
発明完成
平成13年1月1日
特許出願
平成13年1月31日
出願報奨金2万円支払
平成16年7月1日
特許登録
平成16年7月31日
登録報奨金3万円支払日
平成17年1月1日
特許実績報酬金支払日

田島さんは、会社に職務発明対価を支払うよう求めましたが、会社の提示したのは、金一封30万円でした。そこで彼は、自分たちの労力の結晶である本件発明について、相当の対価はいかほどなのかをまず見積もってみることにしました。

このケースでは、会社が自己実施をしていますから、以下の式に当てはめて相当の対価を算定することになります。

相当の対価=超過売上×仮想実施料率×発明者の貢献度×共同発明者間の寄与度

相当の対価がいかほどか、まずは概算値を知るために、それぞれの値について以下に簡単に見積もってみることにします。

超過売上

超過売上とは、特許期間中に、当該発明を他者に実施許諾している場合を仮定した売上と、自社のみが実施している場合の売上の差額のことをいいます。当然、これらは仮想の値ですから、マーケットの状況等を勘案して算定した超過売上率を、実際の売上に乗じて、超過売上を算出します。

このケースでは、競合他社がいないこと、特別に性能が良いことを勘案して、特許のおかげで通常の2倍の売上があったことにします。すなわち、超過売上率を50%と算定することにしましょう。

超過売上は、年間10億円ということになります。

仮想実施料率

次に、仮想実施料率を算定します。『実施料率―技術契約のためのデータブック(社団法人発明協会)』によれば、有機化学品の実施料率の最頻値は3%程度ということなので、仮想実施料率を3%とします。

発明者の貢献度

発明者の貢献度については、樹脂のような基礎化学品は原材料費の占める割合が大きくそもそも利幅が少ないこと、会社が多大な営業経費と宣伝費をかけていること等を考慮して、5%とします。ちなみに、青色LED訴訟で東京高裁が和解案で提案した発明者貢献度は5%、ブラザー工業職務発明事件(知財高判平成21年6月25日)で知財高裁が認定した発明者貢献度は5~7%です。

共同発明者間の寄与度

本発明はチームで行われたもので、各人がアイデアを出し合い、研究をした結果産まれたものです。チームリーダーである田島さんの寄与度が若干高いことを考慮して、寄与度を40%とします。

相当の対価

以上より、1年間の売上に基づいて算定した相当の対価は以下の式のとおりです。

20億円×0.5×0.03×0.05×0.4=60万円

職務発明規則の実績報償の支払日に、特許登録日から支払日までと、支払日から特許満了の日までの実績に基づく相当の対価が支払われるべきですから、この1年分の対価を基に、それぞれの対価を計算します。

特許登録日から支払日までは半年ですから、上記の額に0.5をかけた額がその間の相当の対価となります。

支払日から特許満了まで16年間ありますが、将来分16年分が一度に支払われるのですから、会社側から見ればその間で本来得られるべきであった金利分を控除しなくては不公平です(中間利息の控除)。詳しい計算は省略しますが、16年分を一度に支払うとすれば、総額は1年分の10.8377倍という計算になります。

これらを総合すれば、以下の式になります。

相当の対価=60万円×0.5+60万円×10.8377=680万2620円

請求できるのは、この額に、支払日の平成17年1月1日から5%の利息を付した額、ということになりそうです。

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